1997年11月、玉川大学学園祭前日、井尻慶太のピアノにあわせ、
こんやしょうたろうが歌ってみたら、初めてなのに息がぴったり、
そのまま次の日、グループ名を
パウロ・コエーリョの小説『アルケミスト』 から命名し、
学園祭ライブに出演。アルケミストの音楽の旅がはじまる。

卒業後も、定期的にライブハウスに出演する他、
ストリートライブなど積極的なライブ活動を展開。
2001年、文化放送フリーステーション
「アルケミストのそんなこんなでラジオしょう!」全6回放送。
2002年、TVK「あっぱれKANAGAWA大行進!」レギュラー出演、
2005年、2006年、2007年には、
NHK教育テレビ「こどもにんぎょう劇場~タイムマシンの冒険」
音楽担当など、ラジオ、テレビにも活躍の場を広げる。

また、2002年冬、奇跡的にも小説「アルケミスト」の
著者パウロ・コエーリョ氏に会う。
その時、彼は二人に「どんなに離れていても、僕等は一緒だよ。
君たちはもうすでにアルケミストなのだから。」と言葉を残した。

2003年8月ファーストアルバム「リトルネロ」
2004年1月マキシシングル「なみだ」、8月セカンドアルバム「遠い窓」
2005年10月サードアルバム「くちびるに歌を待て」
2007年4月ミニ・アルバム「ミズキリスタート」
2008年11月4thアルバム「向ヶ丘」をリリース。
2009年8月12日待望のニューアルバム「ピアノトボク」をリリース。

ライブで行う“即興のコーナー”(客席から歌詞に入れる三つのお題を
出して貰い、即興で作詞作曲し、演奏・歌うコーナー)は、
アルケミストならではの“歌を紡ぎ出す離れ業的”パフォーマンスであり、
聴く者にとってはアルケミストのライブの醍醐味でもある。
日本テレビ系列「誰も知らない泣ける歌」でも、
即興で歌を作る離れ業を披露し絶賛され、再出演を果たす。

現在もなお、アルケミストは“歌の錬金術”を求めて、旅をしている。


 
こんやしょうたろう ボーカル 1976年8月24日生まれ  出身:宮崎県

高校のとき、僕は夢を諦めました。
僕には左手のひじから先がないし、才能もないし、
夢に破れて泣くのがオチだと、一人で勝手に納得して、諦めていたんです。
そう思うのはラクなことでした。とても。
早くそのことに気がついてよかったとさえ思っていました。
でも、ある日ぼーっと夜食を食べつつ思ったんです。
宇宙の大きな流れから見ると、僕はただのかけらなんだなって。
夢に破れて泣こうが、もっと言えば、
僕がいなくなっても宇宙が消えてなくなるわけではないんだろうなって。
そう思ったら、ちょっとくやしかったけど、
スーと胸のつかえが取れたようにラクになれました。
歌いたいなら歌えばいい!本当に、とても簡単なことでした。
そうか。僕は今、ここで、こうして生きている。
もうそれだけで、失敗なんてありえないと思ったんです。
僕が生きているということが、僕にとっては何よりすばらしい。
それ以上の何があるでしょうか。
ある日。ぼーっと夜食を食べたあの日以来。
僕は僕のためにどう生きるか、考えるのはその事ばかりです。


 
井尻慶太 ピアノ 1976年8月12日生まれ  出身:神奈川県

歌について考えるとき、いつでも胸に刻まれてあるのは、
「詩は投壜通信のようなもの」というパウル・ツェランの言葉です。
歌もまた、投壜通信のようなものだろうと思うのです。
どこかここではない場所になんて行き着くことのできない僕ら人間は、
それでもなお、ここではないどこかが、どこかにあることを知っていて、
そして、その身も蓋もないくらい確実にあるどこかに思いを馳せる術が、
「投壜通信」であり、歌であるだろうと思うのです。
どこに届くのかさえ判らないまま、どこかに届くという約束さえなく、
これを拾うのかもしれない誰かの「心の岸辺」をめざしている。
もし本当に届いた場所があったなら、そここそが
予めの宛先だったのでしょう。
アルケミストの歌がその場所への途上の波間にあるとき、
また同時に、相方のこんやしょうたろうと僕との間にもきっと
壜を運ぶ波のうねりがあって、……凪のときもあるかもしれない、
思いもよらない方向へと流されることがあるかもしれない、……
そんな波の姿をいつからか楽しんでいる自分にも気付きはじめています。
歌を作るということ、それを演奏するということが僕にとっては投壜の
その腕を振り上げる身振りに重なります。


 

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